名古屋地方裁判所 昭和61年(行ウ)12号 判決 1987年1月30日
岐阜県本巣郡糸貫町仏生寺352番地
原告
第一開発株式会社
右代表者代表清算人
溝口百ゑ
右訴訟代理人弁護士
竹下重人
名古屋市中区三の丸三丁目3番2号
被告
名古屋国税局
八木橋惇夫
右指定代理人
枝松宏
外3名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が、原告の昭和61年1月30日付け不動産差押処分に対する異議申立てについて、同年4月30日付けでした棄却決定を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 被告は、昭和61年1月9日付けで、原告所有の別紙物件目録記載の各土地(以下、「本件差押不動産」という。)につき、国税滞納処分による差押(以下、「本件差押」という。)をした。
右差押の原因とされた国税は、訴外五共紡績株式会社の昭和59年度法人税本税4,582万4,100円、過少申告加算税229万1,000円及び延滞税について、昭和61年1月9日付け通知書をもって原告に告知された第二次納税義務である。
2 本件差押につき、原告は被告に対し、昭和61年1月30日付けで異議申立てをし、その理由として左記のとおり主張した。
記
(一) 本件差押に係る土地の全部を共同担保の目的として、昭和60年6月5日付けをもって、権利者東海信用組合のために極度額1億1,000万円の根抵当権が設定されている。
(二) 上記根抵当権設定契約における債務者有限会社明岐産業は、極度額に達する債務を負担している。
(三) 本件差押物件の強制換価による見込額は、上記債権額を充たし得ない。
(四) 本件差押物件が強制換価手続によって換価された場合の配当において、本件差押債権である国税は、上記抵当権者の債権に後れる。
(五) したがって、本件差押は国税徴収法48条2項に反する違法な処分である。
3 右異議申立てにつき、被告は、昭和61年4月30日付けで「異議申立てを棄却する。」旨の決定(以下、「本件異議決定」という。)をなし、同年5月1日、原告にその旨通知したが、その理由としては、次の記載があるだけである。
「しかしながら、当国税局の調査したところによれば、本件不動産の価額は国税に優先する根抵当権の被担保債権額を超えており、国税への配当が見込まれることから無益な差押処分とはいえない。
また、差押手続についても違法な点はなく適法であり、申立人の主張には理由がないので、本件異議申立てを棄却するものである。」
4 右の理由附記は、被告がどのような調査によって得たどのような資料に基づいて右のような判断をするに至ったかを異議申立人である原告において推測することすら不可能な程、抽象的、独断的なものである。このような理由の記載では、「異議申立人の不服の事由に対応してその結論に到達した過程を認識し得る程度に記載すれば足りる」という程度にさえ達しておらず、不備、違法なものである。
5 よって、本件異議決定の取消しを求める。
二 請求原因に対する被告の認否
請求原因第1ないし第3項の各事実は認める。同第4、5項の主張は争う。
三 被告の主張
〔本件異議決定に至る経緯〕
1 原告に対する第二次納税義務の告知
被告は、原告に対し、昭和61年1月9日付け納税通知書(納期限昭和61年2月10日)をもって、訴外五共紡績株式会社の第二次納税義務者として告知処分をした。
2 第二次納税義務の繰上請求と原告所有不動産の差押
被告は、第二次納税義務者である原告が、昭和60年9月30日株主総会の決議により解散した(同年10月14日解散登記(乙第1号証))ため、原告に対し、国税通則法38条1項により納期限を昭和61年1月9日午前12時とする繰上請求を行ったが、原告が右納期限までに滞納に係る国税の第二次納税義務を履行しなかったので、右同日、本件差押をなし、その旨原告に通知するとともに本件差押に優先する根抵当権者である訴外東海信用組合に対してもその旨を通知した。
3 本件差押不動産の評価
被告は、左記の事由を斟酌し、本件差押不動産の評価額を後述の時点修正をした上、1m2当たり4,700円として評価した。
記
(一) 本件差押不動産を含む隣接地一帯につき開発計画があったこと
(二) その開発計画者である訴外株式会社間組及び中鉄建設株式会社は、昭和59年3月10日、岐阜県知事に対し提出した「土地売買等届出前協議申請書」において、不動産鑑定士板津友次郎による鑑定評価額1m2当たり、4,400円を参考として1m2当たり4,500円を買取価額とし、これを受けた岐阜県知事もこれを相当額と認めていること
(三) 訴外東海信用組合(本件差押不動産の差押に優先する根抵当権者)は、本件差押不動産の評価額を1m2当たり4,500円と評価し、根抵当権設定契約に応じたこと(以下、これを「本件根抵当権」という。)
4 本件差押不動産の評価総額
被告は、本件差押不動産の評価総額を、前記板津不動産鑑定士による評価時点から財団法人日本不動産研究所が作成し、これを執務用として名古屋国税局が編集した「評価関係資料集」中の評価指数をもって時点修正した上、公売の特殊性による減価要素を10%として控除し、次の算式により総額1億0,756万円と算出したものである。
<省略>
5 差押通知における根抵当権の被担保債権額
本件差押不動産上の根抵当権者訴外東海信用組合に対する差押通知書の送達時点である昭和61年1月14日現在において、本件差押不動産等によって担保される債権額は、根抵当権設定契約に基づく根抵当権者訴外東海信用組合、債務者訴外明岐産業間の手形貸付契約による
(一) 昭和60年9月30日付け手形貸付額 5,050万円
(手形期日 昭和60年12月29日 右期日までの利息先払い済)
(二) 同年11月8日付け手形貸付額 650万円
(手形期日 昭和61年2月6日 右期日までの利息先払い済)
(三) 同年12月30日付け手形貸付額4,300万円
(手形期日 昭和61年3月6日 右期日までの利息先払い済)
の元本債権総額1億円及び右(一)に対する遅延利息19万9,232円であった。
なお、原告は異議申立ての理由中で本件根抵当権の被担保債権として昭和61年2月28日の手形貸付契約による手形貸付額1,000万円をも主張しているようであるが、同債権は、昭和61年1月14日の訴外東海信用組合に対する前記差押通知によって、根抵当権により担保される元本債権が同年1月28日の経過をもって確定した(民法398条ノ20、1項4号)後に生じたものであるので、当該根抵当権により担保されない債権である。
6 本件差押不動産における被差押債権額
被告は、前記4に述べたとおり、本件差押不動産の評価額が1億0,756万円であり、前記5における本件差押不動産によって担保される元本債権総額が1億円であったので、十分剰余が見込めるとして、本件差押をしたものである。
7 異議申立て及び異議決定ならびにその理由
ところが、原告は、昭和61年1月30日、被告に対し、本件差押が、国税徴収法48条2項におけるいわゆる無益な差押であるとして請求原因第2項に記載の理由で異議申立てをした。これに対し、被告は、昭和61年4月30日、請求原因第3項に記載の理由を附記して本件異議決定をなし、同年5月1日原告にその旨通知した。
〔本件異議決定における附記理由の適法性〕
1 国税通則法84条4項は、異議申立てに対する異議決定書に決定の理由を附記すべきこととし、同条5項は当該異議申立てに係る処分の全部又は一部を維持する場合における異議決定の理由においては、その維持される処分を正当とする理由を明らかにしなければならないと規定しているが、異議決定にいかなる程度の理由附記をなすべきかについては明確に規定していない。
一般に、法が行政処分に理由を附記すべきものとしているのは、処分庁の判断の慎重、合理性を担保して、その恣意を抑制するとともに、処分理由を相手方に知らせて不服の申立てに便宜を与える趣旨に出たものと解され、また、当該処分に附記すべき理由の程度については処分の性質と理由附記を命じた各法律の規定の趣旨に照らして決定すべきものと解されている。
したがって、国税関係処分としての異議決定(以下、単に「異議決定」という。)に附記すべき理由も異議決定の性質及び国税通則法84条における趣旨、目的に照らしその程度が判断されねばならないというべきである。
ところで、理由附記でしばしば問題となるところの青色申告に係る更正処分のごとく、その更正が、当該納税者の課税標準等の数額にかかわるものであり、税務官庁が当該納税者において誠実に記帳したその信頼性ある帳簿書類に即して調査した結果、金額と科目の点に誤りを発見した場合になされるようなものである場合には、当該納税者の右帳簿書類の記載以上に信憑力ある資料を摘示して、更正の具体的根拠を通知しなければ、当該納税者としては、更正金額が何故に生じてきたかを知ることはできないのである。したがって、更正の理由附記としては、いかなる勘定科目にいくばくの脱漏があり、その金額はいかなる根拠に基づくものであるかなど不服の事由に対応してその結論に到達した過程が、その記載自体から納税者が知りうるほどに明示されねばならぬことになるのである。
しかしながら、本件で異議決定の附記理由の対象となるのは、本件差押が、国税徴収法48条2項に反するか否か、すなわち、無益な差押に該当するか否かにあるのであって、前記更正処分の場合とは異なり、差押対象物件、右物件に設定された根抵当権等の被担保債権額とも差押時に客観的に確定しており、しかも、その対象物件の時価及び被担保債権額とも、被差押者原告において十分認識し、又は容易に認識しうるものであることからすると、前記更正処分の場合の理由附記に比しておのずとその附記理由も簡略なものでこと足りるといえるのである。
2(一) ところで、本件に関する原告の異議申立ての理由は、要するに、本件差押に優先する根抵当権があり、当該根抵当権によって担保される被担保債権が極度額に達しているので、本件差押は無益な差押であるとするものであり、これに対し、被告は、「当国税局の調査したところによれば、本件不動産の価額は、国税に優先する根抵当権の被担保債権額を超えており、国税への配当が見込まれるところから無益な差押処分とはいえない。
また、差押手続についても違法な点はなく適法であり、申立人の主張には理由がない」とする理由を附記して異議決定をしたのである。
原告の異議申立てが更正決定のごとく、課税標準の多寡について異議を申し立てたのではなく、本件差押が無益であるとして異議を申し立てたのであるから、無益であるか否かの判断を異議決定における理由として附記すれば足りるものであって、本件異議決定の理由においては、申立ての事由に対応し、無益な差押といえないとの理由を附記しているのであり、何ら法の趣旨にもとるとはいえないのである。
(二) なお、被告の右異議決定の理由中冒頭において「当国税局の調査によれば………」としてその調査内容を具体的に記載していない点はあるが、このような表現にとどめた附記理由も是認されるべきである。
(三) 原告は、前記のとおり、本件差押不動産をm2単価4,500円で担保に供しており、差押時における根抵当権の被担保債権額が右差押不動産の評価額を上回ることはないことを知悉していたものであることから、本件異議決定における附記理由をもってすれば、棄却の決定理由を十分了知しえたのであり、何ら右附記理由が不備であるとはいえないのである。
四 被告の主張に対する原告の認否
1 被告主張の「本件異議決定に至る経緯」の第1ないし第3項の各事実は認める。第4項は争う。第5ないし第7項の各事実は認める。
2 被告主張の「本件異議決定における附記理由の適法性」の主張は争う。
五 原告の反論
1 異議決定に理由を附記すべきこととした立法の趣旨が、被告主張のとおりであるとすれば、その趣旨は、異議決定書の記載自体において充足されていなければならない。異議決定書の理由附記は概括的、抽象的であっても、当該異議の対象となった行政処分につき実情を知悉している異議申立人が、概括的、抽象的な理由の記載から決定理由を推知することができれば足りるとする被告の主張は、理由附記の立法趣旨に反する。
2 異議申立てに対する棄却決定の理由附記の程度としては、原処分を正当として維持したその判断の根拠を申立人に理解できる程度に具体的に記載すべきものであり、これを本件に即していえば、本件差押執行当時において、被告が認識していた本件差押不動産の見積価格、被告の租税債権に優先する債権(本件根抵当権によって担保されている債権)の現在額を具体的に記載すべきであったのである。本件異議決定の附記理由のように、「無益な差押である。」という不服の事由に対し、「国税局の調査したところによれば……無益な差押ではない。」というだけでは、理由を附記したとはいえない。
第三 証拠関係
本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これらをここに引用する。
理由
一 請求の原因第1ないし第3項の各事実及び被告主張の「本件異議決定に至る経緯」の第1ないし第3項の各事実、同第5ないし第7項の各事実はいずれも当事者間に争いがない。
二 原告は、本件異議決定の理由附記は不備、違法なものである旨主張するので、以下、この点について検討する。
【A】国税通則法84条4項は異議申立てに対する異議決定書に決定の理由を附記すべきこととし、同条5項は当該異議申立てに係る処分の全部又は一部を維持する場合における異議決定の理由においては、その維持される処分を正当とする理由を明らかにしなければならないと定めているが、その趣旨は、異議審理庁の判断の慎重、合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、異議申立人に争訟の便宜を与えることにあると解されるから、その理由の記載は、異議申立人の不服の事由に対応して、その結論に到達した過程を明らかにしなければならないものというべきである。もっとも、【B】具体的にどの程度の記載があれば理由附記として十分なものといい得るかは、当該具体的事案により、また、異議申立人が異議審理庁に対して提出した異議申立書に記載した異議申立ての理由の内容、記載の程度、これを裏付ける資料の有無等により、それぞれ異なるものといわざるを得ない。
これを本件についてみると、前記確定事実及び成立に争いのない乙第11号証によれば、本件事案は、被告が、原告に対し、訴外五共紡績株式会社の第二次納税義務者として告知処分をしたが、原告が、その納期限までに滞納に係る国税の第二次納税義務を履行しなかったので、被告が原告所有の本件差押不動産に対し、本件差押をなしたところ、原告は、被告に対し、本件差押が国税徴収法48条2項により禁止されている、いわゆる無益な差押であるとして、請求原因第2項記載のとおりの異議申立ての理由を記載し、本件差押の取消しを求める異議申立書を提出して、本件差押につき異議申立てをなしたというものであり、その際、原告は異議申立書の添付書類として、委任状の他には、本件差押不動産のうちの一筆についての土地登記簿謄本一通のみを提出したにすぎないこと、これに対し、被告は、請求原因第3項記載のとおりの理由を附記して、右異議申立てを棄却する旨の本件異議決定を行ったことが認められ、右認定に反する証拠はない。
右認定の事実関係を前提として検討するに、【B】本件は、申告に係る所得の計算が法定の帳簿組織による正当な記載に基づくものであれば、その帳簿の記載を無視して更正されることがない旨の手続的な権利保障のある、いわゆる青色申告者に対する更正処分についての理由附記の場合とは異なること、本件で異議決定の附記理由の対象となるのは、本件差押が国税徴収法48条2項に反するか否かであり、具体的には、本件差押不動産の価額が、本件差押に係る滞納処分費及び徴収すべき国税債権に優先する本件差押時における本件根抵当権の被担保債権額の合計額を超える「見込みがない」か否かであるところ、本件異議申立ての理由の記載内容は、本件根抵当権の極度額(1億1,000万円)に達する被担保債権が存在するが、本件差押不動産の強制換価による見込価額は右債権額を充たし得ないとの漠然とした主張が記載されているだけで、右見込価額の具体的な金額、その算定根拠も、本件異議申立書において明示されておらず、これを裏付ける資料等も添付されていないこと等に鑑みると、これに対する応答である本件異議決定において、本件のごとく、その附記理由が、被告のした調査内容の詳細を記載しない内容のものであっても、国税通則法84条4項に違反した不備な理由附記であるとは認め難い。
してみると、本件異議決定には、右条項が要求する程度の理由が附記されているものと認めるのが相当であり、原告の主張は、その理由がない。
三 以上の次第であり、原告の本訴請求はその理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民訴法89条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 高橋利文 裁判官 加藤幸雄 裁判官 森脇淳一)
物件目録
(一) 岐阜市大字岩田字米平1930番22 山林 3983m2
(二) 同所1930番の23 山林 3983m2
(三) 同所1930番の24 山林 3983m2
(四) 同所1940番 山林 3094m2
(五) 同所1941番 山林 842m2
(六) 同所1942番 山林 1752m2
(七) 同所字石洞1943番 山林 1752m2
(八) 同所1944番 山林 793m2
(九) 同所1945番 山林 1821m2
(一〇)同所1962番 山林 3424m2